やまだ書店からのお知らせ
2024/02/21
2月26日13時頃より15時頃までシステムメンテナンスを実施いたします。

≫詳しくはこちら

ジャンル別検索

ページ:1・・739 740 741 742 743・・756

<伊達政宗と戦国時代>鬼女か慈母か 母・義姫の政宗への愛憎
安西篤子
伊達政宗の母・義姫は“奥羽の鬼姫”と呼ばれた豪胆な人物であった。また、政宗の弟・小次郎への偏愛で知ら…

<信>の構造1 仏教論集成
吉本隆明
西行、法然、親鸞、日蓮、道元、良寛等の日本仏教思想家は、〈隠遁〉〈死〉〈僧侶〉〈自然〉についていかに…

<信>の構造2 キリスト教論集成
吉本隆明
聖書の〈喩〉からその背後にある構造を鮮やかに解読して13思想の根源に迫る。マタイ伝、マルコ伝、キルケ…

<信>の構造3 天皇制・宗教論集成
吉本隆明
天皇制が日本の歴史と民衆に与えた宗教的威力の根源を、戦中体験の全てを賭けて解明する「天皇および天皇制…

<元禄赤穂事件と江戸時代>討ち入りは愚策? 山鹿流兵法と忠臣蔵
大山格
忠臣蔵にはかかせない陣太鼓で有名な山鹿流兵法。事件の中心人物、大石内蔵助も通じていたというその実態は…

<六角承禎と戦国時代>名門VS新興勢力 六角承禎と信長の台頭
安西篤子
代々名門として近江の地に君臨した六角氏。弓馬に秀でた六角承禎は勇将として知られ、幕府も一目置く存在だ…

<北条五代と戦国時代>大名への飛躍 北条氏綱の関東進出
下山治久
後北条家の祖である父・北条早雲から家督を継いだ氏綱。早雲が築いた礎をしっかり固めた氏綱は、ついに関東…

<北条五代と戦国時代>領国支配の秘訣 北条五代 統治のメソッド
下山治久
伊豆にはじまり、関東一円を支配する大名にまでのし上がった北条氏。多くの敵勢力と対しながらも、五代にわ…

<堀田正俊と江戸時代>堀田正俊刺殺事件の闇
上田滋
江戸城中にて大老堀田正俊殺害される! 五代将軍徳川綱吉擁立の立役者にして、天和の治と称賛される綱吉政…

<太田道灌と戦国時代>太公望の再来! 多芸な天才軍師太田道灌
鈴木眞哉
太田道灌と言えば江戸城の築城が有名だが、それは彼の才能の片鱗に過ぎない。戦場にあっては兵士に檄を飛ば…

<山内一豊と戦国時代>考察!関ヶ原の戦い 山内一豊の功績とは?
大山格
関ヶ原の戦いの後、徳川家康から土佐一国を与えられた山内一豊。決戦の場では後方警戒の任にあり、大きな功…

<徳川家と江戸時代>名君?暗君? 徳川綱吉の善政と放埓
安西篤子
三代将軍・徳川家光の第四子として生を受けた綱吉。相次ぐ兄の死で彼が将軍の座についたのは、運命の悪戯と…

<徳川家と江戸時代>女たちの権力争い 天英院と月光院大奥での暗闘!
安西篤子
江戸時代、将軍や大名は世継ぎを得るため正室のほかに幾人の側室を置いた。その結果、女たちの権力争いが起…

<徳川家と江戸時代>幕府の礎を築いた徳川家光の治世と生涯
安西篤子
徳川家康が征夷大将軍の座に就いた翌年、世子の秀忠に待望の男児が生まれた。生まれながらにして将軍になる…

<徳川家と江戸時代>徳川政権に激震! 島原の乱はなぜ起こったか
鈴木眞哉
寛永十四年(1637)十月、徳川政権に激震が走る! 肥前の島原と、肥後の天草で相次いで一揆が勃発した…

<徳川家康と戦国時代>勝利の栄光の影に 徳川軍団の致命的欠陥
大山格
徳川家康の天下獲りを決定づけた関ヶ原の戦いでの勝利。その影で、徳川軍団の構造的欠陥が露呈しはじめてい…

<徳川家康と戦国時代>家康 三河平定を狙う
橋場日月
桶狭間の戦いで信長が今川義元を破ると、後に徳川家康と名乗る松平元康が動き出した。信長と清洲同盟を結び…

<徳川家康と戦国時代>桶狭間の戦い/三方ヶ原の戦い/関ヶ原の戦い
橋場日月
今川軍の先方として活躍した桶狭間の戦い、武田信玄に苦戦を強いられた三方ヶ原の戦い、三成率いる東軍を相…

<徳川家康と戦国時代>清洲同盟がもたらした悲劇
橋場日月
永禄五(一五六二)年に家康は信長と清洲同盟を結んだ。この外交戦略は家康にとって武田信玄を牽制する重要…

<徳川家康と戦国時代>西軍孤立!? 大垣城水攻め
橋場日月
西軍が関ヶ原への移動したのは、家康が流した偽情報に三成が反応したからだといわれている。しかし、書状な…

ページ目へ